SDGs COLUMN北海道教育大学SDGs

岩見沢校 能條先生インタビュー

  • 3.すべての人に健康と福祉を
  • 4.質の高い教育をみんなに
  • 10.人や国の不平等をなくそう
  • 11.住み続けられるまちづくりを
  • 12.つくる責任つかう責任
  • 13.気候変動に具体的な対策を
  • 14.海の豊かさを守ろう
  • 15.陸の豊かさも守ろう
  • 16.平和と公正をすべての人に
  • 17.パートナーシップで目標を達成しよう

岩見沢校 アウトドア・ライフコース 環境教育学研究室

教授 能條 歩 先生

専門分野:環境教育学、自然体験教育学、臨床環境教育、災害教育 (キーワード:自然体験教育学,自然解説,自然誌、災害ボランティア論)

研究内容:

研究内容:地球環境問題に目を向けることが、一種の流行になっています。「地球に優しい」とか「環境を守る」というキャッチフレーズをよく目にしますが、今日の環境が、長大な地球史の最後の1ページであることが意識されることは少ないように見受けられます。46億年の地球の環境変遷の傾向を把握することなく、現在の状況だけをみて将来を予測するのが無謀なことは、自然災害のときに被害を増大させる“人災”をみても明らかです。そこで私は、実際に自然とふれあっている時にそうしたことを考えたり指導したりできる人をサポートするための自然体験教育と,自然体験教育そのものの体系化について研究しています。また、自然そのものを理解するために、北海道の過去数百万年間の環境変化を明らかにし、そこから得られた地球史のストーリーや教訓をどう社会に普及するかを考えたりもしています。そのために、過去の地球の環境の研究/毎年のこどもたちとの自然体験学習/他団体の自然体験活動の現場への参加等を通じ、現場で病気を研究する医者のような気持ちで臨床環境教育にも取り組んでいます。

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―能條先生の専門分野である「自然体験教育学」とはどんな研究なのでしょうか

能條:一言でいえば「人と自然をつなぐ教育」のことで、「自然体験教育学」は僕の造語です。自然体験という言葉自体はずっと昔から使われている言葉で、自然体験はいいことだと誰もが思っていると思います。しかし、これまではただ「自然体験はいいものだ」ということだけで取り組まれて来てしまっていて、「どの程度の自然体験が適切か」とか「小さい子どもであればどんな自然体験が良くて、中高生であれば、大人であればどうなのか」あるいは「これを先に体験してからあれをやった方がいい、というような順序性があるのか」などについては、ほとんど何も研究されていませんでした。
例えば僕の父の世代、つまり今の日本を築いてきた世代は、僕たちに比べるとずっと豊かな自然の中で育ってきたはずです。しかし結果的にできあがった日本は、公害は起こるわ、多くの生物が絶滅しかかるわ、資源は枯渇しそうになるわで、自然との関わりの中で良くないことがたくさん出てきてしまいました。このことは、「自然と接触しながら過ごしていれば自動的に自然のことを大事に思う人になるわけではない」ということを示しているのではないかと思い、その理由を考えた時に私が辿り着いた答えは「ただ自然の中で育っただけではだめで、そこには何かしらの“教育”が必要なのではないか」というものだったんです。

―そこで「人と自然をつなぐ教育」が必要になるんですね。

能條:色や形・匂いなど、自然が自分に発信しているメッセージや情報を受け取り、今度は「じゃあこれはどうなんだろう?」と問いかけてみたりリアクションしてみることを続けていると、「ここにこれがあるのはこんな意味があるんだな」とか「それらと私の間の関係性」などがわかってきます。「美しいな」とか「寒くて辛いなぁ」と感じることも「自然の中にある法則性を理解すること」も、すべて自然と私に関する気づきであり、自然とやりとりするような関係を作ることで実感を伴った理解が得られるようになります。私たちの業界ではそれを「応答的関係」といいます。一般用語で言えば「コミュニケーション」に近いかな。とにかく直接体験による自然とのやり取りが大切。自然はしゃべらないのでこちらから踏み出さなければいけないですが、同じ空間を共有している木を眺め、見ている自分という人間はこの木にとって何だろうなんてちょっと考えてみるとかね。そういうことがあって、自然との関係というのができると思うんです。関係ができてないものは大事に思えないですから、自然に優しくとかいう前に、まず関係ができないとだめだと思うんです。物申さぬ自然や見えない未来の環境に想いを繋ぐことのできるようになれば、地球の裏側で起こっている悲惨さにも気づけるようになると思います。そして、これらの気づきは自然との関係だけでなく、世界平和にもつながる大切な感性だと思います。こうしたことが世界平和につながることを願いつつ教育と研究を行っています。「私は世界平和のために仕事をしている」と話しても学生は「?」となることも多いですが(笑)。

―子どもたちの自然体験にも、関係性をつくる手助けが必要なんですね

能條:例えばキャンプに子どもたちを連れていった場合、ただそこでワイワイやって帰ってくるだけではもったいない。それはただの“楽しい遊び”です。楽しいことはいいことですが、その時に見たり聞いたり触ったりすることを促すような問いかけがそこにあり、子どもたちが自然と自分について考える時間を持てることが大事ですね。「気に入った石を1個ずつ拾っておいで」と言ってみんなでその石を使った遊びをすると、「こんな石がここに落ちているんだな」とか「自分の気に入った石はこれだけどあいつのは違う」「違うところに行ったら違う石が落ちてるのかな」など色々なことを子どもたちが感じて、それが自然とのやりとりをするきっかけを得たり、深めたりということになるんです。だからそういう問いかけや導きのある自然の直接体験が必要だと思うんですね。そういうことを通して、実感のある関係性の理解を得るためのものが自然体験教育です。

能條先生の自然体験教育学関係の著書

―アウトドア・ライフコースは、どんなことを学ぶコースなのでしょう

能條:自然体験や野外活動を日常的に行うコースです。例えば、地球温暖化の問題について考えるのは教室でもできますが、自然のこと学ぶのであれば、やはり目の前に自然があるところでその問題に接するのが一番実感がこもると思います。同じ地球温暖化でも、北海道と東京では現れる現象は違う。その問題に関係する目の前にあるモノを自分が直接見たり触ったりすることで実感がこもって理解が得られるわけです。自分の目の前でおこっていることについての実感もないのに、見えない場所や未来のことを考えることなんてできやしませんよね。このコースでは、そういう実感のある理解が得られるような自然体験活動を行って、それを人に伝えていく方法を学んでいきます。

―どんどんフィールドに出ていく学びなのですね

能條:そうですね、本当は毎日外で授業をしたいくらいですけど(笑)。この仕事をしていて痛感しているのは、人というのは論理とか倫理だけでは動かないということなんですよね。いいことだなと思っていても、すぐそれを行動に移すというわけではない。地球に優しい行動をとろうと頭では理解していたり、この行動をずっとしていたら地球が大変なことになるとわかっているからといって、みんながすぐに適切な行動を取るかといえば必ずしもそうではないと思いませんか?それは多分、「自分ごと」として考えることができていないからじゃないかと思うんです。つまり、論理や倫理だけでなく、自然に関することを自分ごととしてとらえる感性が必要なのではないかと思うんですね。感性を育てるにあたっても「実感がこもること」は重要だと思います。だから、自然の中で直接見たり聞いたり触ったりして、「見た感じよりずっと冷たい」とか「重要じゃないと思ってたけど、こういう花があるのも何か意味はあるのかな」と考えることが、やがて自分ごととして自然をとらえられるような感性を育むのではないかと思います。そしてそういうことを他者に伝えることができるような人が増えることがとても重要だと考えています。

フィールドでの学びが主体のアウトドア・ライフコース

―トイレの無い山の中でのキャンプの授業もあるとか

能條:その授業はトイレの穴を掘るとこから始めるキャンプなんですけど、2週間くらい電気も水道もない生活をします。水は川の水を汲んで煮沸して調理に使ってっていう、そういう生活ですよね。でもいわゆるサバイバルのためのスキルを獲得するためにやってるわけではないんです。その2週間を体験して帰ってくると、「自分の身の回りにはなんて要らないものがたくさんあるか」というのが非常によくわかるんですよね。食料だけは現地調達はかなり厳しいので買って持っていくんですけれど、2週間分の食料を全部持ってはいけないので途中で山を降りて買い出しに行くんです。そうすると毎年同じように学生が「あんなに水を使ってもったいない」とか「何でこんなに世の中に光が溢れている必要があるんだろう」とか言うんですね。「そんなにたくさんのものがなくても生きていけるのにね」って。「トイレは水洗トイレの方が衛生的だしもちろん気持ちもいいとは思うけれど、なかったら死ぬかといったらそうでもないよね」とかね。本当に必要なものとなくても困らないものとを実感するようになるんです。

体験前に、地球に優しい生活をしましょうと言われた時には、それこそ実感がこもっていないので、何を減らすのが良いのかとか、どこを工夫すればいいかというのがあんまりよくわからなかったと思うんですね。できることとできないことがあって、量を減らせても無くせはしないものもあるし、無ければ無いでなんとかなるものもあるわけですよね。そしてそれは人によっても、いる場所によっても、季節によっても違う。自分で本当に必要なもの、無くても幸せに生きられるものは何かを考えていけるようになる。自然と長い時間接すると、そういう実感がこもるんじゃないかと思ってやっている授業です。

山の中でのキャンプ生活で学生たちは「実感」を得ていく

―持続可能な社会の実現に非常に大きく関わる分野ですね

能條:SDGsについて勉強したり、書かれている目標を達成しようとみんなで相談して努力することはすごく大事なことだと思っていますが、SDGsは本来「ゴール」ではなくて「手段」なんですよね。17目標を達成したらハッピーかもしれないけど、SDGsは非常にひどい状態の部分をせめてここまで底上げしましょうという話で、達成したらそれでバンザイなんですかと言うと、そういう訳じゃないですよね。その目標を達成することだけで良しとしてしまうと、本来の意味を見失うんじゃないかと思うんです。

今のSDGsばやりの世の中を見て私が怖いなと思うところは、ヒトの価値観だけでいい悪いを決めてしまっていないか、ということなんですよね。「恵みをもたらす自然をまもろう」というのは理解できますが、「これは役に立つ自然だ」「これは大した役に立たない」「これはいらない」みたいなことを私たちの価値観だけで決めてはいけない。資源とかエネルギーを提供してくるものを大事にするのは当然だと思いますが、その価値観だけで考えてSDGsがクリアされたとしても、本当に持続可能になるのか、それで持続可能になるものは何なのかということを考えなければだめだと思います。

ヒトの見方だけで地球を見ないということは非常に重要だと思いますし、学生や若い人にはそういうことを考えられる人に育っていって欲しいと思いますね。