函館校 木村先生インタビュー
函館校 国際地域学科 地域教育専攻 教授・博士(教育学)
木村 育恵先生
<専門分野>教育社会学、「ジェンダーと教育」研究 (キーワード:「ジェンダーと教育」研究、教師文化、男女平等教育、キャリア形成)
<研究内容>ジェンダーに敏感な視点からの教育実践をめぐる教師文化の構造に関する研究
ジェンダーの視点からみた教員及び学校管理職のキャリア形成に関する研究
ジェンダーや多様な性に関する教育実践をめぐる学校及び教員の課題についての研究
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―木村先生がジェンダーの研究者になった理由を教えてください
木村:元々は小学校の先生になりたいと思って、北海道教育大学函館校に入学したんです。私は本校の卒業生なんです!その学生時代に「ジェンダー」という言葉を聞く機会が増えてきました。1999年には男女共同参画社会の基本の法律ができたこともあって、ますますジェンダーという言葉を耳にする機会が増えたのですが、私にとってはこの言葉は目からウロコのような感じでした。
何となく今まで言語化はできなかったけれど、日常生活とか学校生活においてモヤモヤしていた違和感というか得も言われぬ感覚、そういったものが全て説明が付くような感触を覚えて、『あ、性別にまつわるいろいろな決めつけとか思い込みっていうそういう概念で説明可能だったんだ』ということに気づいたんですよね。それでもう少しそのことについて勉強してから先生になるのもいいかもしれないなと思って大学院に進学したんです。
子どもたちが出会う「先生」というのは、人生の中でかなりの大事な部分を占める立場であって、子どもに接する時に、いわゆる無意識のうちの性別に纏わるその子に対するものの見方とか眼差しというのが、その子の自己形成とか人間形成にどういう影響を及ぼすのだろうと。教員になるのであれば無意識のジェンダーの思い込みとか偏見について学んでいたり理解しているべきだし、それをベースにして目の前の多様な子どもに接していくことがとても大事だと感じました。研究すればするほど、ジェンダーの問題というのは社会の構造的な問題であり、大変根深くて大きな問題だということに改めて気付いていったんです。それで、これから先生になる人たちに「ジェンダーの学びの大切さ」というのを伝える役割を担いたいと思い、今に至ります。
―性別の思い込みや決めつけというのは例えばどんなことなのでしょう。
木村:そうですね。身近なところで言えば、学校生活を例にすると、男女の持ち物で何となく色分けが行われていたりとか、トイレや更衣室など色々な施設を見ても、いわゆる男子用・女子用しかなくて、それ以外にも多様な人が使えるような設備が十分整っていないなど、ちょっと見渡すだけでも女性が男性かの二択でしか全ての選択肢がない。むしろ、それが普通であるかのような状況です。しかしながら、それだけが私たちを振り分けるルールではないですし、必ずその振り分けたルールに則って生き方も全部決めなければいけないという訳でもありません。こうした「無意識の思い込み」になっているものに気づくことがとても重要です。
目の前の子どもがいろいろな可能性を持っているはずなのに、たまたまその子がある性別だというだけで、もしかしたら色眼鏡で見てしまう可能性があるわけですよね。この性別なので無理だよね、とか、この性別なのでそこまで進学しなくてもいいと思います、というような「その子がどう生きたいか」ではなく性別によって無意識のバイアスをかけてしまう。先生になる人、そして人の自己形成を支えるような立場にいる人は、ジェンダーの学びや理解を特にしっかりやらなければならないと思っています。
―教育の現場ではジェンダーに対する理解や取り組みはどのような状況なのでしょう
木村:まだまだ十分とは言えないと思います。私が以前道内の小・中・高校と特別支援学校を対象に行った調査では、「ジェンダーや性の多様さなどについて授業で取り扱ったり、何かの機会に扱ったことはありますか」という問いに対し、各学校で6割以上、場合によっては9割以上の先生が「扱ったことがない」と答えています。そういう状態は早めに脱却しなければなりません。思いやりでなんとかしようとかそういうレベルではなくて、概念としてジェンダーを学び、当たり前のこととして取り組むことが非常に重要だと強く感じます。
―学生たちの反応はいかがですか
木村:函館校ではそのものずばり「ジェンダー論」という名前の授業も行なっていますが、それ以外の授業でもジェンダーの話は必ず入れるようにしています。ジェンダーの話題は学生たちに人気があり反響もありますね。初めてジェンダー論を聞く学生たちからは、「ジェンダーの問題は私たち一人一人の根幹にかかわる問題なんだと気付くことができて良かった」というような反応が多いですね。ただ、まだそのように初々しい反応があるということは、ジェンダーの概念はまだまだ社会に浸透していないという裏返しでもありますね。
―ジェンダーの問題はSDGsの実現とも深く関わりますね。
木村:SDGSの17の目標では、ジェンダー平等は5番目ですが、それは優先順位の5番目ということでは決してなくて、基本的にはSDGSの17の目標を掲げる前提として全ての基盤にジェンダー平等があるという考え方です。ジェンダー平等は他の16項目を支える大事な基盤であり、絶対に無視できないということを、ぜひ多くの人に知っていただきたいですね。
最近は学内だけではなく、学外からもお声がけをいただいて、例えば高校でジェンダーの問題や男女の尊厳の話をしてほしいとか、教職員向けにジェンダーの話題を提供してほしい、性の多様さを持つ子どもたちにどのように支援していけばいいのかその具体的なやり方を教えて欲しいなど、多様な依頼をいただいています。これはとても嬉しいことですね。
―先生が描く持続可能な未来の姿をお聞かせください
木村:誰もが自分の可能性や能力をできる限り伸ばしていくことができる、そんな未来を描いています。現実は、子どもたち一人ひとりの能力や可能性を制限したり、抑圧したりしてしまう様々なバイアスがあり、日本社会においてはそのバイアスの大きな一つは確実にジェンダーだと思います。ですから、このジェンダーのバイアスに気がついて、その理不尽さや不公正、不公平を是正するには社会としてどのように取り組む必要があるのか、そういうことを教育の場面でもどんどん取り入れて、より良い人生を自身で切り拓くことができるしなやかで豊かな子どもたちが育っていくことが願いです。